いったんは飽きてほったらかしにしてたスケッチですが、芸術の秋が来たらまた夢中になりつつあります。そして1昨年の12月に4Bと2Bの鉛筆とクロッキー帳を購入して始めたスケッチも、2冊目のクロッキー帳を購入することになりました。


まさに脱力系ですので落書きから全くもって進歩しませんが、100枚綴りで結構ボリュウムあることだし、この2冊目が終わる頃には落書きもなんとか成るかもしれません。

よろしくたのんます
私の母校の水産大学校の生協で販売されていたいわゆる ‘生協グッズ’ です。

10年以上前に同窓会の当番幹事になった時に、京浜支部の集まりで大学生協に問い合わせて、取り寄せて販売したものの一つで、私もとても気に入り購入しました。他のキャップと一緒に寝室の壁に掛けて放置しておりました。
Facebookの顔アイコンの画像を今までは、似顔絵や草ラグビーのヘッドキャップを被ったものにしていましたが、M禿げが隠れてちょうど良いので、ホコリだらけのこの帽子をチョイスしたんです。

これもその時にゲットしたモノです。どうですか。ラブリーですよね。これも放置して忘れてたんで未使用ですわ。
在学中は丈夫な帆布で作られたサンドバックを小さくしたような水大バッグがお気に入りでした。白地に水大マークがプリントされただけのシンプルなものでしたが、まだ売ってるんだろうか?
なければ復刻版がホチイなぁ、、
現在は、うぇぶ屋として 、HTML5・草ラグビー・ちょっといいモノ の三本立てで情報を発信しています。
けれども、もともとは水産の大学を出て、 30年近く原料マグロを扱う仕事をしていました。
その後半の10年間、パソコンを触り始めて、インターネットに興味を持つようになり、
“魚河岸小僧ゲンゲン” と名乗って 、ホームページに 「魚河岸情報局」 というコンテンツを作り、 チマチマと情報を発信していました。
勤めていた会社は、築地場外の波除さんの斜め向かいの雑居ビル。
築地市場で売り買いできる鑑札(セリ帽)も持っていて、見習いの頃はセリで買ったり、当時は頻繁に入港していた冷凍マグロ船の入札で買ったりして、そのマグロをフォークリフトに積んで 、市場内を走り回っていたものです。

仕事に慣れてくると、冷凍マグロが水揚げされる 焼津・清水・用宗・三崎、生マグロが水揚げされる気仙沼・塩釜・房州勝浦・紀州勝浦 など、取引先の問屋さんに浜で買い付けてもらったマグロの水揚げの立会いや検品のために、あちこちへ出かけていきました。
さらに、キハダマグロや黒皮カジキの産地である東南アジアにも、シンガポールを拠点に マレーシアやインドネシアの島々へ買い付けや検品に出向きました。

会社の創立30周年の記念にもらった、出刃包丁と蛸引き包丁で、鮮度のいいサカナが手に入ったときは 、自宅に持ち帰って捌いたりもしていました。

マグロのカマが手に入ると必ず刺し身にして残りは塩焼きにしていましたわ。

今となっては懐かしく、pricelessなちょっといい想い出です。最近は、近所の神社に初詣に行ってますが、波除さんにも来年は行ってみようかなぁ。
Facebook でパナマ運河の記事をシェアしました。ついでに大学4年のときに遠洋航海実習でブラジルのアマゾン河口に行ったときに行きと帰りにパナマ運河を航行しているので、パナマのバルボアで買ったパナマ運河の革製の壁掛けの写真をアップしました。

このブラジル遠航の写真はアルバムに整理してあるので、パナマ運河の写真を探してみました。アルバムにはこの1枚しかありませんでした。暗くてわかりづらいですが、狭い航路を電気機関車で曳航しています。

この写真を接写するときに、ズレ防止のノリが固まってアルバムの台紙から写真を外せないし、撮影の際に影が写ってしまうので、アルバムの台紙をアルバムから外して、バラバラにして台紙を1つずつスキャンしました。
このPDFファイルをEvernote の大学時代のノートブックに追加しました。コレでブラジル遠航の思い出もバッチリとデジタル化ができましたわ。
