鬼滅の刃の終盤で、主人公が修業の締めに大きな岩を動かそうと奮戦する場面がある。
その情景が、ずっと心の奥底にじっとしていた。
何度もこういう状態になったことがある。
五十歳の時、一度大きく海底に沈みこんでからは、すっかり忘れていた感覚だった。
高揚感が少しずつ熱を帯びる反面、また近いうちに海底まで沈みこむのではないかという予感も強くなる。
人生はいつだって網渡りだ。
岩を押すように、沈むように、浮かぶように。
その繰り返しの中で、今日もまた一歩を踏み出している。

よろしくたのんます
最近は、妄想を書きなぐることに夢中になっている。
そのせいで、楽書きはすっかり描かなくなった。
思えば最初は、4Bの鉛筆を買ってきて、身近なものを描いていた。
やっていれば、それなりに自分の色が出て、まあまあ味のあるものになっていく。
やがて100円ショップで水彩絵の具を買い、風景画を描くようになった。
小学校や中学校の美術の教室に戻ったような気分だった。
それでも物足りなくなって、大手通信教育の水彩画講座を受講した。
課題を全部提出し、成果を発揮して、自伝的小説の挿絵を描き始めた。
けれども迫力が足りず、スナップ写真をイラスト化するサイトを使ったり、AI君に頼んだりしているうちに、描くことはすっぱりやらなくなってしまった。
今はKindle出版が一段落したので、書くことを少し休んで、来年はまた楽書きを描こうと思っている。
夢中になるから飽きる。
飽きるから夢中になる。
りんねは続いていく。
今年もあと二週間。
数年前の年末、ベランダのサッシを雑巾で拭いたら、汚れがよく落ちた。嬉しくなって、丸二日間、そればかりに没頭した。
元日の朝には腕が動かなくなり、寝返りもできず、半身を起こすこともできなかった。病院も薬局も閉まっていて、二日間、寝床でじっとしていた。
三日の朝、ようやく開いた薬局で筋肉痛と神経痛に効く薬を飲んだら、一発でよくなった。自然回復だったのかもしれない。けれども、その苦しみは身体に刻まれている。
それ以来、十二月の中旬になると少しずつ窓をきれいにして、年末は本を読んで静かに過ごすようになった。
忠臣蔵の討ち入りが終わる頃になると、あの年末年始の苦しみを思い出す。痛みもまた、季節の合図になっている。
私の母校の水産大学校の生協で販売されていたいわゆる ‘生協グッズ’ です。

10年以上前に同窓会の当番幹事になった時に、京浜支部の集まりで大学生協に問い合わせて、取り寄せて販売したものの一つで、私もとても気に入り購入しました。他のキャップと一緒に寝室の壁に掛けて放置しておりました。
Facebookの顔アイコンの画像を今までは、似顔絵や草ラグビーのヘッドキャップを被ったものにしていましたが、M禿げが隠れてちょうど良いので、ホコリだらけのこの帽子をチョイスしたんです。

これもその時にゲットしたモノです。どうですか。ラブリーですよね。これも放置して忘れてたんで未使用ですわ。
在学中は丈夫な帆布で作られたサンドバックを小さくしたような水大バッグがお気に入りでした。白地に水大マークがプリントされただけのシンプルなものでしたが、まだ売ってるんだろうか?
なければ復刻版がホチイなぁ、、
現在は、うぇぶ屋として 、HTML5・草ラグビー・ちょっといいモノ の三本立てで情報を発信しています。
けれども、もともとは水産の大学を出て、 30年近く原料マグロを扱う仕事をしていました。
その後半の10年間、パソコンを触り始めて、インターネットに興味を持つようになり、
“魚河岸小僧ゲンゲン” と名乗って 、ホームページに 「魚河岸情報局」 というコンテンツを作り、 チマチマと情報を発信していました。
勤めていた会社は、築地場外の波除さんの斜め向かいの雑居ビル。
築地市場で売り買いできる鑑札(セリ帽)も持っていて、見習いの頃はセリで買ったり、当時は頻繁に入港していた冷凍マグロ船の入札で買ったりして、そのマグロをフォークリフトに積んで 、市場内を走り回っていたものです。

仕事に慣れてくると、冷凍マグロが水揚げされる 焼津・清水・用宗・三崎、生マグロが水揚げされる気仙沼・塩釜・房州勝浦・紀州勝浦 など、取引先の問屋さんに浜で買い付けてもらったマグロの水揚げの立会いや検品のために、あちこちへ出かけていきました。
さらに、キハダマグロや黒皮カジキの産地である東南アジアにも、シンガポールを拠点に マレーシアやインドネシアの島々へ買い付けや検品に出向きました。

会社の創立30周年の記念にもらった、出刃包丁と蛸引き包丁で、鮮度のいいサカナが手に入ったときは 、自宅に持ち帰って捌いたりもしていました。

マグロのカマが手に入ると必ず刺し身にして残りは塩焼きにしていましたわ。

今となっては懐かしく、pricelessなちょっといい想い出です。最近は、近所の神社に初詣に行ってますが、波除さんにも来年は行ってみようかなぁ。
Facebook でパナマ運河の記事をシェアしました。ついでに大学4年のときに遠洋航海実習でブラジルのアマゾン河口に行ったときに行きと帰りにパナマ運河を航行しているので、パナマのバルボアで買ったパナマ運河の革製の壁掛けの写真をアップしました。

このブラジル遠航の写真はアルバムに整理してあるので、パナマ運河の写真を探してみました。アルバムにはこの1枚しかありませんでした。暗くてわかりづらいですが、狭い航路を電気機関車で曳航しています。

この写真を接写するときに、ズレ防止のノリが固まってアルバムの台紙から写真を外せないし、撮影の際に影が写ってしまうので、アルバムの台紙をアルバムから外して、バラバラにして台紙を1つずつスキャンしました。
このPDFファイルをEvernote の大学時代のノートブックに追加しました。コレでブラジル遠航の思い出もバッチリとデジタル化ができましたわ。
