去年までやっていた平日の夕方のアルバイト。
午後三時頃、職場へ向かう途中に必ず寄り道していた場所がある。
東郷公園の桜だ。
毎日、同じ時間に同じ場所へ行き、
蕾のふくらみ、枝の色、光の角度を確かめる。
誰に頼まれたわけでもないのに続けていた“定点観察”。
あれは、仕事へ向かう前の小さな自由であり、
自分だけの春の儀式だった。
ところが、東郷公園の上段が工事に入り、
桜の観察地図が途切れた。
その年の春、私は九段下で途中下車し、
千鳥ヶ淵の水辺の桜を追いかけることにした。
そのとき、ふと思った。
——一眼レフで撮りたい。
勢いでAmazonを開き、
気に入った機種をポチった。
これで今年の桜は、もっと鮮やかに残せる。
そう思っていた。
ところが、荷物は届かなかった。
不在票もない。メールもない。
マンションの宅配ロッカーにも入っていない。
配送業者は「行方不明」と言い、
結局キャンセルして返金された。
花見の撮影計画はおじゃんになった。
春の勢いが、そこで一度しぼんだ。
——ところが。
数日後、突然荷物が出てきた。宅配ロッカーに入れっぱなしだったのだ。
まるで“戻るべき場所を思い出した”みたいに。
私は再びカード決済をして、
その一眼レフを手にした。
だが、気抜けしてしまい、
カメラはしばらく放置された。
いわくつきの一眼レフ。
ただの道具ではなく、
どこか“物語を背負って戻ってきた相棒”のようだった。
そして今、
私は再び徘徊を始めようとしている。
春の手前で、静かに光を待ちながら。


ボディを保護するカバーは、ウンコ色じゃなくてもっとビビットな色にしとけばよかったなぁ