築地場外は、食だけでなく“街の気配”そのものが記憶に残る場所だった。
晴海通りの門を出ると、
天竹の大看板と自転車屋が並んでいた。
市場の出口と街の入口が重なる“境界の風景”だった。
東都水ビルの裏口から外がし、多け乃、天竹へと流れる動線は、
市場の人間、電通、朝日新聞の社員が自然に混ざる“築地の交差点”だった。
波除神社は市場の守り神で、
誰もが何かしらの形で手を合わせていた。
天竹の主人の小銭の話は、
築地の信心の象徴のように思えた。
そして、
魚河岸情報局という個人サイトを運営していた頃の自分も、
築地の風景の一部だった。
鉢巻を締めて魚を抱えたピクセルキャラは、
現場の自分とネットの自分をつなぐ“もうひとりの自分”だった。
場外を歩く記憶は、
目的があるようでないような、
G の徘徊そのものだった。
足が勝手に知っている道を歩き、
風景が勝手に語り出す。
そのリズムが、築地という街の呼吸だった。
