その2:風景と人情の地図 ― 街の動線と気配

築地場外は、食だけでなく“街の気配”そのものが記憶に残る場所だった。

晴海通りの門を出ると、

天竹の大看板と自転車屋が並んでいた。

市場の出口と街の入口が重なる“境界の風景”だった。

東都水ビルの裏口から外がし、多け乃、天竹へと流れる動線は、

市場の人間、電通、朝日新聞の社員が自然に混ざる“築地の交差点”だった。

波除神社は市場の守り神で、

誰もが何かしらの形で手を合わせていた。

天竹の主人の小銭の話は、

築地の信心の象徴のように思えた。

そして、

魚河岸情報局という個人サイトを運営していた頃の自分も、

築地の風景の一部だった。

鉢巻を締めて魚を抱えたピクセルキャラは、

現場の自分とネットの自分をつなぐ“もうひとりの自分”だった。

場外を歩く記憶は、

目的があるようでないような、

G の徘徊そのものだった。

足が勝手に知っている道を歩き、

風景が勝手に語り出す。

そのリズムが、築地という街の呼吸だった。

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