セリ落とされた「命」を運ぶのは、使い込まれたフォークリフトだった。
塗装の剥げや錆のひとつひとつに、毎日の労働の重みが刻まれている。
潮待茶屋では、頭上には「72 戸塚」「71 淀橋」などの看板が掲げられ、
それだけで市場全体の物流の地図が読み取れた。
運転席に座る男たちは、ほとんど言葉を交わさない。
それでも、身体は迷わずに動く。
セリ場から荷捌き場へ、冷蔵庫から岸壁へ、
何百回と繰り返したルートが、
まるで市場の血流のように彼らの中に染み込んでいた。
秋田送りの冷凍マカジキを運ぶ時は、
頭を落とした数本を木の長箱に並べ、氷を詰めて蓋をする。
その箱を会社のフォークリフトのカゴに入れ、
私は自分の手で荷捌き場まで運んでいた。
霧の中で手を振ってくれた仲買人の顔は、今でもくっきり思い出せる。
市場の床には、フォークリフトのタイヤ跡が幾重にも重なり、
それはまるで魚河岸の年輪のようだった。
セリが終わる七時過ぎ、
鉄の馬たちはようやく動きを緩め、
次の日のために静かに眠りにつく。
築地の朝は、
こうして“鉄の足跡”によって支えられていた。

