わっぱ弁当というのは、不思議なもので、
ただご飯を詰めるだけなのに、
なぜか“ちょっといいモノ”を扱っている気分になる。
木の香り、手触り、
そしてフタを開けたときの、あの柔らかい空気。
プラスチックの弁当箱では出ない“余白”がある。
昔、わっぱ弁当に凝って、
写真を撮ったり、アプリまで作って遊んでいた時期があった。
今見ると、どれも少し色あせているのに、
妙に愛おしい。
あの頃の自分が、そこにちゃんといる。
わっぱは、詰める人の気分がそのまま出る。
丁寧に詰めてもいいし、
残り物をポンと入れても、それなりに形になる。
“ちょっといいモノ”というのは、
そういう余裕のある道具のことだと思う。
また弁当生活が始まりそうなので、
久しぶりにわっぱを新調してみるのも悪くない。
どうせなら、また写真を撮って、
“わっぱ弁当図鑑”でも復活させてみようか。
やりようで、工夫しだいで、
楽しみはいつでも戻ってくる。

ためしに昔の記事を探してみたら、
まるで呼ばれたように、すぐに出てきた。 https://gengen33.com/cho/archives/1150
こういうのを爺ィは「予定調和」と呼んでいる。
時間の輪が、また静かに閉じた気がした。
