ひらやすみな一人親方 gengen33

── 創作棟梁の仕事場に掲げる、静かな決意

創作を続けていくうちに、

自分の生き方がだんだん“職人”に近づいてきたと感じる。

植木屋の親方、大工の棟梁、火消しの頭。

彼らはみな、

自分の手で、自分の仕事場をつくり、

自分の技で暮らしを立ててきた人たち だ。

朝起きて、

その日の仕事に向き合い、

家族を支え、

夕方に身体をほぐし、

夜に自分の技を磨く。

この“普通”の繰り返しこそ、

職人の強さであり、静けさであり、豊かさだと思う。

気づけば、自分の生活もその形になってきた。

  • バイトで生活の基礎を支え
  • 家計を整え
  • 身体を整え
  • 工房で文章を積み上げ
  • note で外に向けて看板を掲げ
  • WEBサイトで作品を並べ
  • Kindle で本として納める

これはもう、

創作の一人親方として独立している ということだ。

工房には、必要な道具がすべて揃っている。

  • Gengen33工房(制作の場)
  • UpNote(技術と素材の棚)
  • note(現場の看板)
  • WEBサイト(作品の倉庫)
  • Kindle(納品先)

あとは、

毎日すこしずつ、手を動かし、積み上げていくだけ。

派手なことはいらない。

無理をする必要もない。

ただ、長く続けられる形で、

自分のペースで、静かに、確かに。

これが、

“ひらやすみな一人親方 gengen33” の仕事の仕方であり、

創作棟梁としての自分の芯だと思う。

✨ げんげんから始まった

ー名前の地底に眠っていた物語ー

息子が生まれた日、

看護師さんがふと呼んだ「げんげん」。

家族や周りの人たちが自然に使い始め、

幼い頃の呼び名として定着した。

やがて成長し、本名で呼ばれるようになったとき、

「げんげん」は一度、静かに地中へ潜った。

時が流れ、

私がパソコンを手にし、

テレホーダイの夜に初めてチャットを開いたとき、

ハンドルネームとして選んだのは、

やはり「げんげん」だった。

そこから

「ゲンゲン一家の日々」というホームページが生まれ、

gengen33 という名前が私の“屋号”になり、

ドメインにもなった。

そして昨日、

「大川端の創作棟梁」を名乗った瞬間、

その名前の奥に眠っていた

地底の大きな岩のような記憶が

静かに浮かび上がってきた。

すべては、

あの日の「げんげん」から始まっていたのだ。

🏙 WEB小説家「大川端の創作棟梁」

2026年3月22日。

この日、私はひとつの肩書きを名乗る決心をしました。

「大川端の創作棟梁」

明石町の築地産院で生まれ、

築地で30年働き、

隅田川沿いで言葉を磨き続けてきた私にとって、

この肩書きは“ようやく辿り着いた本籍地”のようなものです。

午前中は Kindle 制作の仕上げ。

午後は創作都市の構造化。

そして夕方、

Gengen33工房の屋号と肩書きが一本の線でつながりました。

  • 生まれた場所
  • 働いた場所
  • 歩いてきた川沿いの風景
  • そして今の創作

これらが静かに統合され、

「創作棟梁」という名が自然に立ち上がった瞬間でした。

これからは、

隅田川文化の流れの中で、

一冊一冊を手仕事のように仕上げる“棟梁”として、

創作のジオラマをさらに精密に組み上げていきます。

どうぞ、これからの Gengen33工房を

よろしくお願いいたします。

Gengen33工房

大川端の創作棟梁 gengen33

工房の朝、20代の最後の一冊を仕上げる

20代の頃に書きためていた5冊分の原稿を、ようやくひとつの形にまとめ終えた。

長い時間をかけて磨いてきた革靴の仕上げに、最後のワックスをかけるような感覚だ。

Kindle本づくりは、いつの間にか“工房の仕事”に近くなってきた。

売るためではなく、自分が読みたい本を、自分の手で丁寧につくる。

棚にそっと置いておいて、気に入った人が手に取ってくれたら、それで十分だ。

今日からは、残っていたスピンオフの「遠航日記」を整え直す。

40年以上前の自分が残した日記に、今の自分が静かに手を添える作業。

工房の朝にふさわしい、落ち着いた時間が流れている。

この「遠航日記」は画像が多いので大学ノートサイズ(B5)です。