朝の清流録

507日目 インク瓶はなかなか減らない

ガラスペンは、気がむいた時だけ使っている。

いつもと違った気持ちで書くことができて心地よいけど、字が掠れるし、そうかと思えば逆に濃くなり滲むし、後で水洗いをしないとダメだし、自分の人生の様で毎回このひと手間をかけるのがイヤになることもある。

だから、ガラスペンと一緒に購入した「紺碧」という小さなインキ瓶の中身はほとんど減らない。そんなこともあり、2本持っているW&Bの万年筆のスタンダードな方のインキカートリッジをスポイト方式に切り替えた。

字が掠れたり濃く滲んだりしなくなり均一に「紺碧」の鮮やかな色が現れるからちょっぴり嬉しくなった。

このモーニングノートを書く時だけ万年筆を使っていたのですが、他のノートもこの万年筆を使いだした。

少しだけインク瓶の減りが早くなりそうです。

500日目 — 折り返し地点と出直し

達成感とかない。 1000日やるなら、折り返し地点かいなと思っただけ。

楽書きを描いて、YouTubeのスケッチとかデッサンの講座を見て、スケッチブックを取り寄せた。 通信教育大手の風景スケッチ講座も受講してみた。 でも、やっぱり40歳の時にホームページを始めてからずっとやっている「書くこと」のほうが、身体にしっくりくる。 30年間、ホームページ、WEBサイト、SNSの投稿……ずっと書いてきたからね。

10月15日締め切りのとある文学新人賞に応募したら、ハードカバー化のきっかけになるかもと思った。 それで春先から創作に没頭した。 応募原稿を規定のワードファイルに打ち込んで、それをPDFにしてiPadで推敲した。 3回くらい読み込んでいたら、もうこの作品は自分の手を離れた気がしたから、昨日WEBから応募した。 あとは来年6月の結果発表を気長に待つ。

1月から、4勤3休ペースのゆるいバイトに切り替えて、身体も黄パンツになった時にまた多摩川河川敷で走れるくらいに回復した。

WEBサイト「Gengen33ドットコム(大川端工房)」も「赤パン33ドットコム」も、創作にかまけて放置していたから、出直すでえ。。。

401日目 — SNSの濁りとペリカンJr

今度は万年筆で書いている。 寝床の三つ折りマットレスを和室ソファにして、 スマホでTalesを眺めていたら、ある記事が妙に刺さった。 現代のSNSの空気をそのまま写したような、“正しさ”が暴走する世界の話。 読んでいるうちに、腕の上腕が痺れるほど夢中になっていた。 その空気が、自分がかつて身を置いていたある共同体の息苦しさと重なって見えた。 名前を出すほどではないけれど、“あの感じ”を思い出すには十分だった。

読み終わったら、和室のソファ周りを片づけたくなった。 まずはテーブル脇の小物から手をつける。 和室全体は土曜にやろう。 使わないものを押し入れに入れるだけで、風通しがよくなる気がした。

片づけていたら、ペリカンJrのインキカートリッジが2本出てきた。 久しぶりに本体を手に取って書いてみる。 指をロックする独特の持ち方は窮屈なのに、 紙の上では手持ちのどのペンよりも滑らかに走る。 この矛盾がなんとも心地よい。

ガラスペンは革の一本差しに、 W&Wの万年筆2本とペリカンJr、 そしてiPad用のペンシルは帆布のペンケースにまとめるつもりだ。

道具が定位置に収まると、書く流れも自然に整う。

400日目 — 通り名は“朝の清流録”

ガラスペンで書きはじめた。 ペン軸にらせんの模様が入っていて、正に清流が流れているようだ。

スポリとペン先からインキ瓶に入れたら、 根元の手で持つところまでインキがついてしまった。 慌ててティッシュでインキを拭き取った。

万年筆やボールペンと違って、使い終わったら水で洗って、 水分をティッシュで拭き取って水平にケースに置く。 使うたびに慎重にペン先をインキ瓶に入れたり、とにかく面倒臭い。 けれど、このノートに向かう時の「清流を掬い取る儀式」だと思ったら、心地よい。

昨日はこのガラスペン用の一本差しの革のペンケースと、 他の3本の万年筆をまとめて収納できる帆布のペンケースをAmazonでポチった。 今日届くよとお知らせメールも来ていた。

この“モーニングノート”にも、清しさ満点の『朝の清流録』と通り名を付けた。 コクヨの青いB5ノートの表紙に、マジックで「朝の清流録」とタイトルを書き足した。

地下三階の清流は、 和室の静けさを通って、今日、ガラスペンの先に宿った。

三日間の流れは、ただの出来事ではなく、 清流が形を変えながら生活と創作を満たしていく過程だったのだと思う。

399日目 — 和室に流れ込む清流

台風7号と8号が接近している。 朝から雨。週末にかけて大雨らしい。

昨日の夕方、クロネコさんが三つ折りマットレスを届けてくれた。 帰宅のついでに粗大ゴミ券も買っておいた。 まずは圧縮されて小さくなっているマットレスを取り出し、 今まで使っていたマットレスは丸めて紐で結び、袋に入れてベランダに出した。

新しい三つ折りマットレスを敷いて少しうたた寝してみると、 全身がスーッと沈み込んでいく。 ああ、これはいい。

今朝、目が覚めてすぐに 三つ折りマットレスの一面を本棚に寄りかけ、 毛布とかけ布団をソファカバーにして和室ソファが完成した。 30分ほど、ぼけっと座って足首をぐるぐる回していた。

手元には、池波正太郎のエッセイだけをまとめた29巻、 開高健と北方謙三のエッセイ集。 音楽を流し、足首を回しながら、 どれでも一冊手に取れば、ここで旧友のように過ごせる。

この和室の静けさは、 昨日の夢で見た地下三階の清流の続きのようにも思えた。

半年かけて作ってきた大川端工房の土台。 リビングの大きなテーブル、窓側の小机。 ひとりの時だけの限定だけれど、平日の休みには独占できる。

3部屋を大人4人で使って窮屈だとぼやいていたけれど、 アルバイトに切り替えたことで“ひとりの空間”が手に入った。 まずは平日の休日を有効に過ごす。

きっと、アルバイトをしなくてもよくなる日が来る。 その時に、ひとりきりになって何もできずに呆然としないように。 今日の和室の静けさは、 その未来のためのもうひとつの清流だったのかもしれない。

365日目 — 円環の完成

書き始めて、ちょうど一年が経った。 今日でモーニングノートは 365 日目になる。

一年前の自分は、 「とにかく書かないと消えてしまう」 そんな焦りの中で、毎朝ノートに向かっていた。 書かなければ溶けてしまう雪だるまを、 必死に守っているような感覚だった。

でも今は違う。 UpNote に置いておけば、断片は溶けずに残る。 むしろ、時間とともに層を重ねていく。

雪だるまのように消えていく創作が、 いつの間にか バームクーヘンのように積み重なる創作に変わった。

働き方も変えた。 今年から週 4 日・6 時間、約 100 時間のアルバイトに切り替えた。 平日も休めるようになり、 事前に伝えれば三日ほど休んで ふらっと旅に出ることもできる。

この一年、 毎朝の文章修行を続けてきたおかげで、 創作は少しずつ立体化し、 ようやく自分の言葉を持てるようになってきた。

20 代から 30 代にかけての出来事は、 6 冊の Kindle 本として形にした。 今の生活をじっくり味わいながら、 40 代、50 代も振り返るつもりでいる。

だから今日は、 起きた瞬間に浮かんだことを、 そのままここに置いていく。

一年の円が静かに閉じ、 次の円が、また始まる。

333日目 — ひらやすみな生活と北方ワールド

外に出かけなくても、徘徊している。 読みたい本も、見たいドラマもたくさんある。 草ラグビーの練習にも、まだ顔を出せていない。 それでも、自分がしようと思っていた生活がどんどん実現している。

この一週間は本当によかった。 小机を置いて、パソコンを格納するスペースができた。 WOWOW の『水滸伝』を七話一気見して、北方ワールドをたっぷり堪能した。 左脚の感覚が戻ってきて、全力ダッシュもできそうだ。 三国志真戦も Tales で物語にして、自分の中でこのスマホゲームの占める位置にはっきりした気がする。

ひらやすみな生活をして、池波・関高テイストで徘徊して、北方ワールドの長編小説を書いていこう。

今日は 9 時 10 分前に家を出て、16 時半には帰宅だ。 帰ってきたら、ゆっくり風呂に入って、冷たい缶ビールでも飲むかな。

30日目 — WORDWORTHの指先

モーニングノートを始めて、 気がつけば三十日が過ぎていた。 あっという間だった。

毎朝、目が覚めて、 コーヒー豆を挽く音と湯気の匂いの中で、 ノートを開くのが当たり前になっていた。

最初の頃は、 ペリカンJrの“指を固定される”あの感じで書いていた。 書かされているような、 でも妙に安心する、あの初心者向けの軸。

それが三十日目の朝には、 もう手元に WORDWORTH の万年筆があった。 指先がツルツルと滑る、自由度の高い軸。 書く身体が、自分のものになり始めた証拠だった。

書いていると、 書けない漢字がやたらと出てくる。 そのたびにスマホで検索して、 意味や熟語を沼のように辿っていく。 あれがまた楽しい。 書くことと調べることが、ひとつの流れになっていく。

夢の断片を書き、 願望や後悔を書き、 コーヒーを飲みながら今日の予定を書き、 気がつけばページが埋まっていく。

三十日目の朝は、 ただ“続いた”というだけじゃなくて、 書く身体がひとつ階段を上った日だったように思う。

ノートもそろそろ終わる。 次は、もう少し分厚いものにしよう。

この流れは、まだまだ続く。 そんな確信が、指先の滑り具合から伝わってきた。

初日 — ペリカンJrの指ガイド

モーニングノートを始めた日のことを、

いま思い返すと少し笑ってしまう。

まだ、ペリカンの指の置き方をガイドした

初心者向けの万年筆で書いていた。

あの、指の位置まで決められている、

“書かされている” 感じのするやつだ。

それでも、朝の机にノートを開いた瞬間、

なにかがスッと流れ始めた。

夢の断片、

太りすぎを注意された健康診断のこと、

30歳を過ぎて気が緩んだ話、

生活の湿度みたいなものが

勝手にページの上に広がっていった。

気がつけば、

3ページどころか5ページ以上も殴り書きしていた。

ペリカンJrの細い軸が、

まるで川底の石みたいに手に馴染んで、

書くたびに “ああ、これは続くな” と

身体のほうが先に理解していた。

あの日の午前中の光は、

いま思えば、

私の内部の清流の“最初のきらめき”だったのかもしれない。