モーニングノートを始めて、 気がつけば三十日が過ぎていた。 あっという間だった。
毎朝、目が覚めて、 コーヒー豆を挽く音と湯気の匂いの中で、 ノートを開くのが当たり前になっていた。
最初の頃は、 ペリカンJrの“指を固定される”あの感じで書いていた。 書かされているような、 でも妙に安心する、あの初心者向けの軸。
それが三十日目の朝には、 もう手元に WORDWORTH の万年筆があった。 指先がツルツルと滑る、自由度の高い軸。 書く身体が、自分のものになり始めた証拠だった。
書いていると、 書けない漢字がやたらと出てくる。 そのたびにスマホで検索して、 意味や熟語を沼のように辿っていく。 あれがまた楽しい。 書くことと調べることが、ひとつの流れになっていく。
夢の断片を書き、 願望や後悔を書き、 コーヒーを飲みながら今日の予定を書き、 気がつけばページが埋まっていく。
三十日目の朝は、 ただ“続いた”というだけじゃなくて、 書く身体がひとつ階段を上った日だったように思う。
ノートもそろそろ終わる。 次は、もう少し分厚いものにしよう。
この流れは、まだまだ続く。 そんな確信が、指先の滑り具合から伝わってきた。
