海洋ラガー50周年の記念誌

先日海洋ラガークラブの主務の方からPDF50周年記念誌がメールにて届きました。

私は学校を卒業して30年近く務めた水産関係の仕事を辞めて、かれこれ10年近く彷徨っておりまして、残念ながら草ラグビーの方も遠ざかっております。40代の時にこのチームの前身の ’水産ラガー’ というチームと対戦したときに、このチームが当時の東京水産大学のラグビー部のOBの方を中心にして水産系の大学のラグビー部のOBの方が集結して集まったチームとわかりました。

そして私も下関にある水産大学校のラグビー部OBですので、試合後にこの水産ラガーの主務の方のところに行って即座にメンバーに加えてもらいました。

その後40代後半に体調を崩して数週間入院してそのあとで水産関係の仕事も辞めました。そして1度50代の半ばに秩父宮で試合があるということを知った時に無理くり復帰してキックオフ早々に足首を痛めて練習不足フィットネス不足を痛感したのです。その後騙し騙し身体を動かして腕立て伏せやスクワットをしながら現在に至っているのです。

この記念誌を見ると水産ラガーと対戦した私の所属していたAMOA(アモア)という混成チームのことも書かれていました。

そのほかにも創設から現在に至る事柄がこの記念誌には詳しく書かれております。今年の秋にNHKで放映された “不惑のスクラム” で舞台は大阪でチーム名も変えてありますが、モデルのチームも海洋ラガーに深く関わっていることがわかりました。

私もちょっと陰鬱としたこの10年からやっと解放されて、来年早々から海洋ラガーの練習に積極的に参加するつもりでしたので、この記念誌を読んで幸先のいい草ラグビーの再再々スタートを切ることができそうです。

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